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「なぜ大人より乳幼児・子供の方が危険なのか?」(2) - 原子力災害時における安定ヨウ素剤予防服用の考え方について(安定ヨウ素剤による効果と副作用)

参照:「原子力災害時における安定ヨウ素剤予防服用の考え方について」平成14年4月原子力安全委員会
原子力施設等防災専門部会
 3.安定ヨウ素剤による効果
米軍用170mg

放射性ヨウ素は、呼吸により吸入され気道に沈着し、気管支及び肺から迅速に体循環に移行し、また、吸入された放射性ヨウ素の一部は、咽頭部にも沈着し、食道を経て消化管から吸収され、体循環に移行する(19,20,21)。
取り込まれた放射性ヨウ素の約10~30%は、24時間以内に甲状腺に選択的に集積し、残りの大部分は主に腎臓より尿中に排泄される(21)(参考資料-図Ⅰ)。

なお、我が国においては、医療現場などでの放射性医薬品であるヨウ素の服用による知見等から、日常の食生活において、コンブ等からヨウ素を摂取する頻度が高いため、放射性ヨウ素の甲状腺への取込みは少なくなることが知られている(22)。

甲状腺に集積した放射性ヨウ素は有機化され、一定期間、甲状腺内に留まる。一般に、成人の甲状腺でのヨウ素の生物学的半減期は約80日で、19歳以下の若年者では成人のそれと比べて短い(23)。

健康な成人が安定ヨウ素剤を服用すると、服用後1ないし2時間以内に、その尿中排泄濃度は最大となる。その後、時間とともに尿中ヨウ素排泄量は漸減し、72時間後には、服用した安定ヨウ素剤のほとんどが体内から排出される(24)。

安定ヨウ素剤予防服用による、放射性ヨウ素の甲状腺濾胞細胞への取込みを低減させる効果は、高濃度の安定ヨウ素との共存により、血中の放射性ヨウ素の甲状腺濾胞細胞への取込みと競合するこ(25,26,27,28,29,30,31,32)や細胞内へのヨウ素の取込み抑制効果(33)により、放射性ヨウ素の甲状腺濾胞細胞への選択的な集積を減少させる(参考資料-図Ⅱ)。

成人では、安定ヨウ素剤として広く用いられるヨウ化カリウムの製剤は、少なくとも30 mg の服用量で、放射性ヨウ素の甲状腺への集積の95%を抑制することができる(34)。放射性ヨウ素が吸入あるいは体内摂取される前24時間以内又は直後に、安定ヨウ素剤を服用することにより、放射性ヨウ素の甲状腺への集積の90%以上を抑制することができる(25,26,27,28,34)。また、すでに放射性ヨウ素が摂取された後であっても、8時間以内の服用であれば、約40%の抑制効果が期待できる(34)。しかし、24時間以降であればその効果は約7%となることが報告されている(34)。
また、この効果は、安定ヨウ素剤服用後、少なくとも1日は持続することが認められている(25)。

4.ヨウ素を含む製剤の服用による副作用

4-1 ヨウ素に対する過敏症

ヨウ素過敏症は、ヨウ素に対する特異体質を有する者に起こるアレルギー反応である。服用直後から数時間後に発症する急性反応で、発熱、関節痛、浮腫、蕁麻疹様皮疹が生じ、重篤になるとショックに陥ることがある。また、ヨウ素を含む造影剤によるアレルギー反応は、造影剤過敏症として知られている。

さらに、低補体性血管炎(Hypocomplementemic Vasculitis)はヨウ素に過敏である場合があり、ジューリング疱疹状皮膚炎(Dermatitis HerpetiformisDuhring)は、ヨウ素に過敏であると考えられている(35,36)。ヨウ素に対する過敏症を有する者が、ヨウ素を含む製剤を服用すると、アレルギー反応を引き起こす。

4-2 甲状腺機能異常症

(1) 血中甲状腺ホルモンの濃度の上昇による甲状腺機能亢進症や、その低下による甲状腺機能低下症では、ヨウ素を含む製剤を長期連用すると、それぞれの病状が悪化するおそれがある(37,38)。

(2) 慢性甲状腺炎を有する者等で、甲状腺機能異常が認められない者が、ヨウ素を含む製剤を長期連用することにより、甲状腺機能亢進症や低下症という甲状腺機能異常症を生じることがある。

・甲状腺の過形成、多発結節性の腺腫様甲状腺腫を有する者が、ヨウ素を含む製剤を長期連用すると甲状腺機能亢進症を呈することがある。しかし、この病態は、日常的にヨウ素を過剰摂取している者には稀である。
また、慢性甲状腺炎の経過中に一過性に甲状腺機能亢進症を呈する例があるが、これはヨウ素の過剰な摂取の継続によるものとの見解もある。

・甲状腺機能が正常な慢性甲状腺炎に対して、ヨウ素を含む製剤を長期連用すると、甲状腺機能低下症に陥ることがある。

・新生児にヨウ素を含む製剤を大量服用又は長期連用させると、甲状腺機能低下症を発症させることがある。

・妊婦にヨウ素を含む製剤を大量服用又は長期連用させると、胎盤を通して胎児の甲状腺にヨウ素が移行することにより、胎児の甲状腺機能低下症を発症させることがある。特に新生児及び妊娠後期の胎児における甲状腺機能低下症は一過性であっても、その後、知能の発達に影響を及ぼすことがある (39,40)。

・無機ヨウ素の有機化に先天的に異常がある者は、ヨウ素を長期にわたって摂取すると、甲状腺が肥大することがある(海岸性甲状腺腫)。
一方、健康な者が、ヨウ素を含む製剤を大量服用又は長期連用すると、一過性の甲状腺過形成や機能低下を生じることがある(41)。

4-3 その他の副作用

・肺結核を有する者がヨウ素を含む製剤を服用すると、ヨウ素は結核組織に集まりやすく、再燃させるおそれがある

・薬疹(ヨウ素にきび)、耳下腺炎(ヨウ素おたふく)、鼻炎等があるが、いずれも極めて稀である

・嘔吐、下痢等の胃腸症状が認められることがある

・カリウムを含む製剤を用いる時は、腎不全症、先天性筋強直症、高カリウム血症を有する者で血清カリウム濃度の上昇による病状の悪化をきたすことがある

4-4 事例に基づく副作用のリスク評価

IAEA SS-109(14)においては、米国での経験をもとに、一日当りヨウ素量300 mg の服用に対する皮膚掻痒、紅斑などの軽症も含めた副作用の発生確率は10-6~10-7と推定している。この中には、甲状腺機能低下症、甲状腺機能亢進症などの副作用が含まれている。ヨウ素予防服用に伴う死亡リスクは3×10-9であると推定されている。

また、チェルノブイリ事故後、甲状腺への放射性ヨウ素の集積を低減するため、ヨウ化カリウムを安定ヨウ素剤として服用したポーランドにおいて得られた経験に基づけば、成人に重篤な副作用が発生する確率は4×10-7、軽度または中程度の副作用が発生する確率は6×10-4である。安定ヨウ素剤を服用した若年者については、重篤な副作用は報告されていない(42)。同時に、嘔吐・下痢等の胃腸症状等が観察されたが、服用による副作用なのか、または、不安とパニック等の影響なのか、その原因については、明らかにされていない(42)。



4-5 原子力災害時における安定ヨウ素剤服用による副作用についての考え方

我が国では、従来より、甲状腺機能亢進症治療の手術前に、ヨウ素を含む製剤が使用されてきたが、生命に危険を及ぼす重篤な副作用の報告は殆どない。また、チェルノブイリ事故時に安定ヨウ素剤の服用を実施したポーランドでは、成人での生命に危険を及ぼす重篤な副作用は極めて低頻度であり、若年者での重篤な副作用は報告されていない(14,42)。同時に、服用後、頭痛、胃痛、下痢、嘔吐、息切れ、皮膚掻痒などが報告されているが、これらの症状の原因は、安定ヨウ素剤の副作用によるものかは不明である。安定ヨウ素剤の服用に当たっては、放射性ヨウ素の甲状腺への集積を抑制する効果を最大に導き出すとともに、生命に危険を及ぼす重篤な副作用は稀にしか発生しないと推測されているものの、副作用を可能な限り低減する努力が必要である。

このため、
・安定ヨウ素剤の服用に係る決定を行う場合には、服用による利益と不利益を十分に考慮すること
・安定ヨウ素剤の大量服用又は長期連用では副作用の発生のおそれがあることに配慮すること
・安定ヨウ素剤の服用により、生命に危険を及ぼす重篤な副作用のおそれがある者に対しては、安定ヨウ素剤を服用させないよう配慮すること
・新生児並びに妊娠後期の胎児については将来的に知能の発達に悪影響を及ぼす可能性があるので、安定ヨウ素剤の大量服用又は長期連用を避けるよう十分に注意すること等が必要である。

また、安定ヨウ素剤の服用に当たっては、副作用の発生頻度を低減させる方法の一つとして、周辺住民等を対象に副作用についての情報を普段から提供しておくことも重要である。

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