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「なぜ大人より乳幼児・子供の方が危険なのか?」(1) - 原子力災害時における安定ヨウ素剤予防服用の考え方について(放射線被曝による影響)

参照:「原子力災害時における安定ヨウ素剤予防服用の考え方について」平成14年4月原子力安全委員会
原子力施設等防災専門部会
はじめに
平成11年9月30日に株式会社ジェー・シー・オー(JCO)ウラン加工工場において発生した臨界事故(以下「JCO 事故」という。)は、我が国で初めて周辺住民の避難等の防護対策が行われるとともに、3名の作業員が重篤な放射線被ばくを受け、2名が亡くなられる前例のない大事故となった。JCO 事故以降、この事故の対応の反省を踏まえて、原子力災害対策特別措置法が制定されたことを受け、原子力安全委員会は、原子力防災対策の技術的、専門的事項を取りまとめた「原子力施設等の防災対策について」(以下「防災指針」という。)の改訂を平成12年5月に行った。

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その後、緊急被ばく医療については、平成13年6月に、原子力発電所等周辺防災対策専門部会において、緊急被ばく医療の基本的な考え方やその体制について、「緊急被ばく医療のあり方について」として取りまとめ、その要点を防災指針に反映した。

しかしながら、事故発生時は、原子力発電所等からの放射性ヨウ素の放出に対する安定ヨウ素剤の予防的な服用については、吸入による放射性ヨウ素の甲状腺への集積を抑制する効果があると認められているが、安定ヨウ素剤の服用に係る防護対策をより実効性のあるものとするためには、さらに検討に時間を要すると考えられたことから、今後の検討課題とした。平成13年6月には、緊急被ばく医療に対する検討の重要性等をも踏まえ、原子力発電所に限らず他の原子力施設等における災害対策に関する課題について、より的確かつ総合的に対応するため、従来の原子力発電所等周辺防災対策専門部会を再編して、原子力施設等防災専門部会を設置し、被ばく医療についても引き続き検討を行うこととした。

安定ヨウ素剤
今回、原子力施設等防災専門部会被ばく医療分科会ヨウ素剤検討会では、原爆被災者に対する長期追跡調査から得られた科学的知見、チェルノブイリ原子力発電所事故等の疫学的調査結果及びヨウ素と人に係る生理学的、病理学的な知見を踏まえ、

・安定ヨウ素剤の効果及び副作用
・被ばく時年齢と甲状腺がんとの関係
・安定ヨウ素剤に係る防護対策を開始するための線量
・安定ヨウ素剤の服用対象及び服用方法

等について医学的見地から検討し、その考え方を示すとともに、甲状腺の内部被ばくに対する安定ヨウ素剤の予防的な服用を、屋内退避、避難等の防護対策の一つとして位置付け、より実効性のある安定ヨウ素剤に係る防護対策を提案し、本報告にまとめた。本報告の要点については、防災指針に反映することとしている。国、地方公共団体、原子力事業者、医療関係者等が、本報告の内容を十分に参考にして、安定ヨウ素剤に係る防護対策を構築することを期待する。なお、今後の調査研究の進展等を考慮し、新たな知見等を積極的に取り入れ、必要に応じて本報告を見直すものとする。


1.原子力災害時における放射性物質の放出と安定ヨウ素剤の意義について

(1) 放射性物質の放出形態

原子炉施設等において、原子力災害が発生した場合、放射性物質として、気体状のクリプトン、キセノン等の希ガスとともに、揮発性の放射性ヨウ素が周辺環境に異常に放出されるが、希ガスは外部被ばく、放射性ヨウ素は内部被ばくにより、人体に影響を与えることが想定される。一方、多重の物理的防護壁により施設からの直接の放射線はほとんど遮へいされ、固体状及び液体状の放射性物質が広範囲に漏えいする可能性は低い。
また、核燃料施設において、臨界事故が発生した場合、核分裂反応によって生じた核分裂生成物である希ガスとともに放射性ヨウ素が放出されることが想定されるが、放出される量は原子炉施設に比べて極めて少ない。

(2) 安定ヨウ素剤の意義
人が放射性ヨウ素を吸入し、身体に取り込むと、放射性ヨウ素は甲状腺に選択的に集積するため、放射線の内部被ばくによる甲状腺がん等を発生させる可能性がある。この内部被ばくに対しては、安定ヨウ素剤を予防的に服用すれば、放射性ヨウ素の甲状腺への集積を防ぐことができるため、甲状腺への放射線被ばくを低減する効果があることが報告されている。ただし、安定ヨウ素剤の服用は、甲状腺以外の臓器への内部被ばくや希ガス等による外部被ばくに対して、放射線影響を防護する効果は全くないことに留意する必要がある。

また、放出された放射性ヨウ素の吸入を抑制するためには、屋内へ退避し窓等を閉め気密性に配慮すること、放射性ヨウ素の影響の少ない地域への避難等の防護対策を適切に講じることが最も重要である。

放出された放射性ヨウ素に汚染された飲食物の摂取による人体への影響については、飲食物摂取制限が講じられるため、それらの飲食物を摂取することにより身体に取り込まれる放射性ヨウ素による甲状腺の内部被ばくについては、小さいものと考えられる。


2.放射線被ばくによる甲状腺への影響

甲状腺への放射線の影響は、外部被ばくによる場合と甲状腺に取り込まれた放射性ヨウ素の内部被ばくによる場合がある。安定ヨウ素剤の予防服用は、放射性ヨウ素の内部被ばくに対してのみ有効である。

放射線の甲状腺への外部被ばくは、放射性ヨウ素の甲状腺への内部被ばくに比べて、放射線の影響が厳しくなることを踏まえ、ここでは、甲状腺への放射線の外部被ばく及び内部被ばくの知見を考え合わせることとする。

2-1 甲状腺がん

(1) 広島、長崎の原爆被災者の長期にわたる疫学調査(1)によると、甲状腺外部被ばく後、長期間にわたり甲状腺がんの発生確率の増加が認められている。すなわち、被ばく者の生涯にわたる甲状腺がんの発生確率(生涯リスク)については、

・甲状腺がんの発生確率は、被ばく時の年齢が20歳までは、線量に依存して有意な増加が認められる(2)
・被ばく時年齢が、40歳以上では、甲状腺がんの生涯リスクは消失し放射線による影響とは考えられなくなる(2)

という結果が得られており、被ばく時の年齢により甲状腺がんの発生確率が異なることが判明している。


(注)本報告では、放射線の単位である「Gy」と「Sv」については、概念の混乱を避けるため、準拠した文献の記載どおりとした。また、β 線やγ 線の放射線荷重係数を1として、1Gy=1Sv とする。

(2) 広島、長崎の原爆被災者のデータに加え、放射線治療後の患者のデータをまとめ甲状腺外部被ばくによる甲状腺がんの発生確率を解析した結果(3)では、以下の知見が得られている。

・5歳未満での被ばくに比較して、10~14歳での被ばくでは、その発生確率は5分の1に低下する。また、20歳以上では、1Gy 以下の甲状腺被ばく後の甲状腺がんの発生確率は極めて低い・若年時に被ばくした者の甲状腺がんの発生確率は、100mGy の甲状腺被ばくでもその増加が観察される
・若年時に被ばくした者の甲状腺がんの発生確率は、被ばく後5~9年で増加し、15~19年で最大となり、40年後でも発生確率は残存する

(3) マーシャル諸島における核爆発実験で生じた放射性降下物による甲状腺被ばくの影響調査(4)では、小児の甲状腺がんの発生確率の増加が認められている。なお、甲状腺に集積した放射性物質としてヨウ素以外にテルルの存在が報告されている。

(4) チェルノブイリ事故後の国際的調査に関して、被調査集団の事故時の年齢が15歳未満で、その60%は5歳未満の小児を対象とした調査では、甲状腺内部被ばくによる甲状腺がんの発生確率は、有意な増加が認められている(5,6,7,8)。

また、チェルノブイリ原発事故当時の乳幼児に関する調査では、事故直後の短半減期の放射性降下物による甲状腺内部被ばくによる甲状腺がんの増加が示唆されている(8,9,10)。

さらに、ロシアで甲状腺内部被ばく者の甲状腺がんの発生確率に関する調査では、被ばく時の年齢が18歳未満の者では成人の3倍である(11)。なお、チェルノブイリ事故では、ヨウ素-131と甲状腺発がんリスクとの関連が報告されてきたが、最近の別の研究では、甲状腺がんの発生にヨウ素-131以外の放射性ヨウ素が寄与している可能性が示唆されている(12,13)。

上記の(1)~(4)の調査より、以下の知見が得られている。・放射線被ばくにより誘発される甲状腺がんの発生確率は、特に乳幼児について高くなる

・放射線被ばくにより誘発される甲状腺がんの大部分は、甲状腺濾胞細胞に由来する乳頭腺癌であり、一般的には、悪性度が高くないため、適切な治療が行われれば、通常の余命を全うできるなお、放射線被ばくにより誘発される甲状腺がんに関する上記のいずれの調査も、死亡に基づくものではなく罹患率に基づいて得られた解析である。

2-2 甲状腺機能低下症

一定量以上の放射線に被ばくした後、数ヶ月の期間をおいて、甲状腺の細胞死の結果として甲状腺ホルモンの分泌が減少することにより、甲状腺機能低下症が発症する場合がある。

甲状腺機能低下症の発症は、放射線の確定的影響であって、しきい線量が存在する。そのしきい線量を超えた場合には、被ばく線量が増加するに従って発生率が増加し、重篤度も高くなる。

現在、国際原子力機関(以下「IAEA」という。)並びに世界保健機関(以下「WHO」という。)では、内部被ばくによる甲状腺機能低下症が発症すると予測されるしきい線量として甲状腺等価線量で、5Gy が提案されている(14,15)。このしきい線量については、下方に、見直しが行われているところである(15,16)。

2-3 その他の甲状腺疾患

マーシャル諸島における核爆発実験で生じた放射性降下物による甲状腺被ばくの影響調査(4,17)及びチェルノブイリ原子力発電所事故調査(9)では、小児の甲状腺良性結節の発症が報告されている。一方、長崎の原爆被災者の最近の調査では、甲状腺被ばくの影響として自己免疫性と考えられる甲状腺機能低下症の発症も示されている(18)。

これら甲状腺疾患の発症に係る放射線被ばくとの関連については、さらに検討が積み重ねられているところである。

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