参照:「原子力災害時における安定ヨウ素剤予防服用の考え方について」平成14年4月原子力安全委員会
原子力施設等防災専門部会
原子力施設等防災専門部会
まとめ
広島、長崎の原爆、マーシャル諸島における核爆発実験、チェルノブイリ原子力発電所事故等の調査結果及びヨウ素と人に係る生理学的、病理学的な知見を踏まえ、放射性ヨウ素による甲状腺の内部被ばくに対する防護対策について、以下の基本的な考え方をまとめた。
(1) 原子力災害時に放出された放射性ヨウ素の吸入による甲状腺への影響が著しいと予測された場合、安定ヨウ素剤を予防的に服用すれば、甲状腺への放射性ヨウ素の集積を効果的に抑制し、甲状腺への障害を低減できることが報告されている。このため、災害対策本部の判断により、屋内退避や避難の防護対策とともに安定ヨウ素剤を予防的に服用することとする。
(2) 放射線被ばくによる甲状腺への影響は、甲状腺がんと甲状腺機能低下症がある。被ばく後の甲状腺がんの発生確率は、乳幼児の被ばく者で増加する場合があるが、40歳以上では増加しないため、年齢に応じて、安定ヨウ素剤の服用対象を定める必要がある。
特に、新生児、乳幼児等には、安定ヨウ素剤服用の措置について最優先とすべきである。これに対し、甲状腺機能低下症はしきい線量以上の被ばくで生じるため、甲状腺機能低下症に対する安定ヨウ素剤予防服用については、しきい線量の概念を導入することとする。
(3) 安定ヨウ素剤の服用による副作用は稀であるが、副作用を可能な限り低減させるため、年齢に応じた服用量を定めるとともに、服用回数は原則1回とし、連用はできる限り避ける。
(4) 安定ヨウ素剤の服用により、重篤な副作用のおそれがある者には、安定ヨウ素剤を服用させないよう配慮し避難を優先させる。
(5) 安定ヨウ素剤の服用については、その効果を最大とするため迅速に対応する必要がある。このため、安定ヨウ素剤予防服用に係る指標を定め、屋内退避や避難等他の防護対策とともに、より実効性のある防護対策を定めておく必要がある。
(6) 防災業務関係者は、その防災業務の内容、甲状腺がんと甲状腺機能低下症の発生リスクを考え合わせ、安定ヨウ素剤を予防的に服用することを考慮する。
これらの考え方に基づいた「安定ヨウ素剤予防服用に当たって」を次頁に示す。
安定ヨウ素剤予防服用に当たって
(1) 安定ヨウ素剤予防服用に係る防護対策の指標
全ての対象者に対し、放射性ヨウ素による小児甲状腺等価線量の予測線量100mSv とする。
(2) 服用対象者
40歳未満を対象とする。
ただし、以下の者には安定ヨウ素剤を服用させないよう配慮する。
・ヨウ素過敏症の既往歴のある者
・造影剤過敏症の既往歴のある者
・低補体性血管炎の既往歴のある者又は治療中の者
・ジューリング疱疹状皮膚炎の既往歴のある者又は治療中の者
(3) 服用回数
1回を原則とする。なお、2回目の服用を考慮しなければならない状況では、避難を優先させること。
(4) 服用量及び服用方法
以下の表に示す。
対象者 ヨウ素量 ヨウ化カリウム量
新生児(注1) 12.5 mg 16.3 mg
生後1ヶ月以上3歳未満(注1) 25 mg 32.5 mg
3歳以上13歳未満(注2) 38 mg 50 mg
13歳以上40歳未満(注3) 76 mg 100 mg
(注1)新生児、生後1ヶ月以上3歳未満の対象者の服用に当たっては、医薬品ヨウ化カリウムの原薬(粉末)を水(滅菌蒸留水、精製水又は注射用水)に溶解し、単シロップを適当量添加したものを用いることが現時点では、適当である。
(注2)3歳以上13歳未満の対象者の服用に当たっては、3歳以上7歳未満の対象者の服用は、医薬品ヨウ化カリウムの原薬(粉末)を水(滅菌蒸留水、精製水又は注射用水)に溶解し、単シロップを適当量添加したものを用いることが現時点では、適当である。また、7歳以上13歳未満の服用に当たっては、医薬品ヨウ化カリウムの丸薬1丸(ヨウ素量38mg、ヨウ化カリウム量50mg)を用いることが適当である。
(注3)13歳以上40歳未満の対象者の服用に当たっては、医薬品ヨウ化カリウムの丸薬2丸(ヨウ素量76mg、ヨウ化カリウム量100mg)を用いることが適当である。
(注4)なお、医薬品ヨウ化カリウムの製剤の実際の服用に当たっては、就学年齢を考慮すると、7歳以上13歳未満の対象者は、概ね小学生に、13歳以上の対象者は、中学生以上に該当することから、緊急時における迅速な対応のために、小学1年~6年生までの児童に対して一律、医薬品ヨウ化カリウムの丸薬1丸、中学1年以上に対して一律、医薬品ヨウ化カリウムの丸薬2丸を採用することが実際的である。また、
7歳以上であっても丸薬を服用できない者がいることに配慮する必要がある。
(注5)40歳以上については、放射性ヨウ素による被ばくによる甲状腺がん等の発生確率
が増加しないため、安定ヨウ素剤を服用する必要はない。
(注6)医薬品ヨウ化カリウム、滅菌蒸留水、精製水、注射用水、単シロップ等は、原子力
災害時に備え、あらかじめ準備し、的確に管理するとともに、それらを使用できる
期限について注意する。
おわりに
本報告書では、原子力災害時における、放射性ヨウ素による甲状腺への内部被ばくを予防するための安定ヨウ素剤服用の必要性と有用性について、医学的見地から検討した。
過去の放射線被ばく事例や科学的文献を詳細に検討し、国際機関の指針等も参考にした。安定ヨウ素剤の予防的服用の妥当性については、服用による副作用や服用しないことによる甲状腺がんの発症などを考慮したリスク・ベネフィットバランスよりその基本的な考え方を示した。さらに、安定ヨウ素剤服用の措置については、新生児や乳幼児を最優先とすべきであるとの提言を取りまとめた。
本報告書では、安定ヨウ素剤予防服用に係る考え方についての基本的な枠組みを示したが、その内容を具体的に実効性のあるものとするためには、
① 自治体における各々の実情を踏まえた、安定ヨウ素剤予防服用に係る実効性の検討
② 安定ヨウ素剤予防服用ついての周辺住民等への情報提供
③ 住民及び防災業務関係者にも理解しやすい具体的なマニュアルの作成
④ 安定ヨウ素剤予防服用を、確実かつ安全に実施するための医療関係者用のマニュアルの作成
⑤ 防災訓練における安定ヨウ素剤予防服用を想定した訓練の実施、及びその実効性の向上
⑥ 新生児・乳幼児が服用可能である新たな剤型等のあり方の検討等が、今後検討されることが必要である。
安定ヨウ素剤予防服用の審議より導き出された考え方は、原子力災害時のセイフティーネット構築の一助となるであろう。実効性ある安定ヨウ素剤予防服用に係わる体制を構築するためには、関係者の継続した熱意と努力が必要である。
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