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「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害額に関する試算」 第2 章 損害試算の基本的考え方と仮定

第 2 章

損害試算の基本的考え方と仮定


次にいよいよ本調査に与えられた主題である大型原子炉の事故から生じる公衆損害額の試算に入るわけであるが、そのためには、まず本試算の前提となる種々の仮定を明らかにしておく必必要がある。


まず我々の試算の基本的態度といつたようなものについてのべておきたい。本試算は、近い将来我が国に設置される大型原子炉が何らかの原因で大事故を生じた場合に公衆に対して(人数や金額でいつて)どれくらいの損害を生じうるであろうことを把むことを目的とするものである。したがつて我々は、どういう型式規模の原子炉がどういう敷地に設置さるべきであるとか、個人の補償額はいかほどであるべきか、といつたいわゆる当為に属する問題については検討しようとしてはいない。つまり以下にのべる仮定はすべて、科学的な合理性をもつという理由で採用したものではなく、近い将来我が国において現出するであろう状態を想定して、それを一般化し典型化した結果えられた仮定が以下にのべる諸仮定であるということができる。勿論我々は以下の仮定がそれぞれ或る程度の合理性をもつていることを信じてはいるが、本調査の目的からいつてもまた時間の制約からも、合理性を追及することよりもむしろ一般性をもたせることに努力したことを強調しておきたい。


さらに個々の問題について町、経験も実績も科学的知識も限られているため、種々の面で思いきつた判断を行うことによつて内容の本質を明白な形で示していくという方法をとらざるをえなかつた。そういう場面には非常に多く遭遇したが、その際判断の原理とした考え方は、次の通りである。すなわち、まずできるかぎり現在の科学技術の水準と傾向および現在の時点における社会的経済的与件にたち、近い将来の状況を想定したが、その結果一つのケースにしぼることが不可能であつたり輻をもつた予想しか得られない場合は、やはり上述の通り一般性をもつ方向に割り切るという方法をとつた。


以上を要約すれば、本調査の目的からいつて、又調査の実施上の要請からしても、合理的た範囲内で一般性をもたせるということが、本調査の基本的考え方となつている。


次に本調査の最終結果が過大評価になつているか過少評価になつているかということについて一言しておこう。本調査の目的からして取上げた事故の前提条件として非常に悪い場合をとり上げていることは第1章でものべた通りであるが、その評価はむしろ過少評価の側にあるものといえる。というのも一つには、調査に当然取り上げるべきでありながら諸般の理由で除外した重要な項目がかなり多いことであり、二つには過少評価であることが明らかでありながらデータの不足のため止むをえず採用したデータが少くないことである。前者の例は、人体障害の評価において晩発性障害や遺伝障害を損害試算の基礎において無形財産等をそれぞれ除外したことであり、後者としては人体障害の評価において健康な成人を対象としたことや損害試算の基礎において家計財産や土地面積を過少評価しているのがその例である。


個々の仮定の根拠については、附録(A)以降に詳記するが、以下その要点をのぺる。


損害額試算の対象範囲


我々の試算の範囲はあくまでも公衆損害であつて、当核施設および従業員等は入つていない。また我々は物的損害のみならず人的損害をもできるがぎり算定した。WASH は物的損害だけを損害算出の対象としているのに対して我々が人的損害までを金額で算出しようとした理由は、公衆損害の総額をできるだけ実際の額に近づけようとしたためであつたが、その目的にどの程度近づきえているかはほとんど不明である。またいずれの場合もすべての項目を算出したのではなくて、終額において占めるとウエイトと資料の信頼性とを勘案して取捨してある。又損害試算に当つては外国領土に及ぶ部分は除外した。


典型的原子炉と炉内の分裂生成物の容量


考察する原子炉はウランを燃料とする熱出力約50万KW、中性子束平均約 1013 の原子炉で平均燃料取替周期は 4 年とする。この調査で仮定される事故は平衡に対したのち(すなわち分裂生成物が最大になつてから)におきるものと考える。燃料取替の周期を長くとつたこと、後に敷地条件の項でのべるように敷地は主として動力炉用地という観点からきめているので、本調査の結果は動力炉の場合に最もよく適合するものである。同じ出力であつても材料試験炉の場合は燃料サイクルが短いと想像されるので、放射能内蔵量とその内分けが変つくる上、燃料の種類、運転方法の相違などによつて同じ放散キュリー数の場合の損害額は若干変動するものと思われる。しかし材料試験炉や小型動力炉などの場合も、放散キュリー数を同じにとれば、本調査の結果は或る程度適用できる。


上記のような大型原子炉中の燃料サイクル末期における分裂生成物の蓄積量の送料は、事故後(すなわち原子炉停止後)24時間の値で約5×108キュリーとなつているはずである。放散放射能の人体および土地使用等におよぼす影響の評価のために、分裂生成物の崩壊とその組成を考慮してある。燃料サイクルを長くとつたことによつて、WASH の場合よりもストロンチウム、セシウムなどの長寿命の各種の影響がちがつた形ででてきている。なお、特定型式の炉にふくまれているその他の放射能についてはここでは除外した。※



(※)その一例として、重水型大型原子炉中には10年程度運転し後には、約104キュリーのトリチウムが内蔵されており、この元素の影響は小さくないとみられる。


典型的敷地


我々は、現在動力炉敷地として確定している茨城県那珂郡東海村、および近い将来の動力炉敷地の候補地点と目されてれる数地点について調査した結果を本調査の目的にてらして典型化一般化して次のような仮想的な敷地をえた。すなわち、原子炉は海岸に設置されるものとし、敷地境界は炉から800mで、炉から20km、120kmのところにそれぞれ人口10万、600万の都市があるものとする。損害額算出にあたつては、我が国の場合直線距離で1000~1500Mmで外国領土に達することを考慮する。


人口分布は炉から半径20km以内の人口はP=393R2.19(Pは半径Rkmの半円内の人口)で人口10万の都市は直径 10km の拡がりを、600万の大都市は直径 25km の拡がりをそれぞれもつものとし、大都市の周辺には巾 20km の比較的人口密度の高い周辺地帯がある。上記以外の地域は平均人口密度300人/km2とする。なお海岸線から80km、100kmを海岸線に平行して走るそれそれ高さ 500m およぴ1,000m の稜線があるものとし、この凌線による影響を考慮に入れた。


放出分裂生成物の性質


公衆損害を考察する上で最も問題となるのは、放射能が原子炉から放出され大気により拡散されるような事故であろう。放射能が原子炉から放出されてもコンテナーのような格納構造物中に包含されて直接大気中には拡散されないような事故については、コンテナーからの直接ガンマ線による損害は WASH と同様な方法で検討した結果、公衆損害は殆んど生じないので取上げないこととし、その際コンテナーから漏洩する放射能による損害のみを取上げることにした。


種々の気象条件のもとでの風下における影響を算出するとき問題となる要素は放散時間と放出物中に含まれる粒子の粒度分布と放出時の煙霧温度とである。放散時間については反応度事故を伴うような短時間放出の事故のほか、燃料の酸化、或いは上述のコンテナーからの漏洩などのような比較的長時間にわたる放出を代表する場合として4時間放出の事故を想定して検討してみたが、人体への影響その他を具体的亡検討した結果では両者の影響のちがいは他の要素に比べて小さいことが判明したので、本調査では短時間放出を対象とすることとした。


粒子の粒度分布と煙霧の温度については、WASH で与えられている以上の具体的な根拠をうることは実際に不可能であつたので、WASH の値をそのまま採用し、それぞれおこりそうと思われる場合を代表する2つの場合を考えた。すなわち放出温度に対しては、高温(3,000°F、1650℃ ― 格納容器を破壊するに十分な圧力下の蒸気温度の代表)と低温(70°F 21℃ ― 普通の大気温度の代表)とをとつた。粒度分布は直径1μ、7μを夫夫中央値とする2つの分布の場合を考えた。3,000°Fはかなりの高温ではあるが酸化ウラン(UO2)の溶融温度よりは若干低いものであり、粒度分布はそれぞれ煙と工場塵の典型であると WASH には記載されている。


事故による放射性煙霧の分布をきめる要因


放射能を放出する事故がおきたと仮定したとき、風下の各地点における煙霧の分布をきめるのに影響する要素は数多くあるが、気象変数は、その組合がかぎりなくあるものから、変数の個数を大きな影響を与えるものだけに制限し、その各々に対して1個ないし2個の代表的な少数例について計算することにより損害の範囲に対する目安を得ることができる。

ここで取上げた気象変数としては、

天候 a) 乾燥
b) 雨(影響ある全域にわたり影響される全時間に0.7mm/hr)
大気安定 a) 典型的な温度逓減(日中)
風速: 地上 4m/sec
400 ~ 800m 7m/sec
b) かなり強い温度逆転
風速: 地上 2m/sec
400 ~ 800m 6m/sec
煙霧の上昇の高さ
a) 低温放出   地上(高度0)
b) 高温放出
逓減時   高度360m
逆転時   〃400m

風は大都市の方向に向かつているものとし、上記の気象変数は影響される全地域全時間にわたつて継続するものと考えている。以上の数値は、本調査で典型的敷地をきめる基礎とした数個の敷地のうちから実際に気象データのある地点(又は近くの地点)の観測データから気象庁の協力によつてえられたものである。なお個々の気象条件に遭遇する時間的割合は損害額試算結果の下欄に示してある。


分布を算出するための拡散方程式としては、附録(C)で述べられている英国気象庁方式、サツトン方式、坂上方式の3つを数値的に比較検討しその計算結果は傾向的に一致を示すことがたしかめられたが、英国気象庁方式は、その表式が沈着の取扱いに不便なるため採用しなかつた。又坂上方式の特色ある取扱いは注目されたが、前記の強い温度逆転の場合について適当な常数が時間的にもえられなかつたので、本調査ではサツトン方式を使用することとし常数は WASH のものを採用した。


放出放射能の人体および土地使用に及ぼす影響


次に、仮定された事故で放出された放射性煙霧に人体がさらされることによつてどの程度の障害を生じうるかの判定基準をきめなければならない。また地上に沈着した分裂生成物による曝射からも障害を生じうる。公衆に対するこの種の基準はまだどこにも公式に示されたものはないが「前者の曝射はかなり短時間のうちにおきるとみられるので退避などによつて障害を軽減することが困難であると思われるのに対して、後者の地上からの曝射については重大な障害が生ずる前に汚染地域から立退できる位の時間があるであろう。ところで種々の放射線量によつておきる障害をきめることは医学的にもきわめて困難であるが、本調査のように曝射線量が直接全身外部線量であたえられず、放射性煙霧に曝されることによつて体外および身体各部
が線量をうけることから生ずる障害を推定することは一層困難である。


WASH は戎る組成の放射性煙霧にさらされたとき身体各部のうける線量とそれからおきる障害を別々に算出して機械的に加算するという方法をとつているが、これは医学的にみてかなり不合理とみられたので、本調査では全身および身体各臓器別に各核種別の効果を算出し、その被曝期間を1日以内、1年以内、数十年と3つに大別して、それぞれの効果を比較して最も厳しい核種と臓器とに相当する煙霧の量をもつて障害の判定基準とする方法をとつた。


この方法自体は WASH のそれよりも合理性をもつと考えるが、この種の検討分析に伴うデータの不足からする不確かさは必ずしも改善されているものとはいえないであるう。とはいえこの推定の過程を通じてえられた問題点は今後の研究にとつて有用なものとおもわれる。なおこの検討分析を通じて放射線による人体障害に関するデータの不足があらためて痛感されたが、今後のこの分野の研究の促進は重要なことと思われる。附録 (D) にのぺるように人体障害の判定基準としては次のようなものを採用した。


なお、事故は被曝者の一生の間に一度だけ遭遇するものと考えている。


粒 度 全  身
ガンマ線量
(レントゲン)
左欄と等価の曝射を与える
放出分裂生成物密度
揮発性 700 550
200 150
100 80
要観察 1   (3)
700 550
200 150
100 80
要観察 0.5   (2)
全放出 700 800
200 200
100 100
要観察 0.5   (2)
700 250
200 80
100 40
要観察 1.0   (1.0)

(括弧内は6時間後被曝)

全身ガンマ線量でいつて700r以上は全員2週間以内に死亡、200r ― 700r は全員障害を生ずるが一部は死亡、一部は治癒、100r ― 200r は全員障害を生じて治癒、100r ― 要観察は障害は生じないが医学的観察を要すると考えている。


沈着放射能によつて、立退範囲と土地使用の制限範囲がきまる。


近海漁業についても検討し附録 (E) で一応の基準を作製したが、損害総額において占める比重が小さいことと具体的な損害額試算の困難性のためにこれは損害額試算からは除外した。


基準は次の通りとなつた。

揮発性 全放出 備考
A 級 0.04C/m2 0.07C/m2 12時間以内に立退
B 級 0.01 0.002 1ヵ月くらいの間に立退
C 級 6×10-4 4×10-5 都市は6ヶ月間だけ退避、農村は農耕禁止
D 級 6×10-5 4×10-6 農業制限

損害評価の基礎的仮定


大型原子炉事故によつて生じうる敷地外の損害は、大別して死亡もしくは放射線障害といつた人的損害と、それ以外の物的損害とに分類できる。WASH では、人的損害についての金銭的評価は行わず、単に事故により障害をうける可能性のある人数を算定するに止めているが、本調査では人的、物的損失の両者につき一応の損害額の試算を行つた。もちろん、不特定多数について人的損害額を算定することは極めて薙しく、適切な結論をうることは不可能に近い。このことは物的損害額の試算についてもほほ同様である。しかし、試算に非常な困難が伴うからといつて、計算の比較的容易なもののみを抽出して試算を行い、それのみについての試算結果を示せば、応々にしてそれ以外の損害は全く発生しないとか、または発生しても無視して差支えないというような誤解を招くおそれがある。本調査の目的ができるだけ適正な損害の評価額を示すことにあるとするならば、こうした面への配慮は当然行わるぺきでおり、とくに過大評価にならない限り損害の発生の予想されるものについて試算を行つた。


以上のような考え方に基づいた試算も、既存資料の入手の限界や推算方法の関係から、一部脱漏したものもあり、また多くの場合過少評価とならざるをえなかつた。この意味で本調査に示す試算方法と結果は、決して唯一絶対なものでなく、さらによりよい手法を研究する余地は残されているといつてよかろう。なお、ここに示す損害評価額は、種々な汚染、被曝量の基準に適応して計算できるように WASH と同様すべて1人当りないしは1平方粁当りの額とした。


損害評価基礎額


  1. 物 的 損 害
    都会 農村 備考
    A 級 600千円/人 350千円/人 長期間立退き
    B 級 600千円/人 350千円/人 長期間立退き
    C 級 100千円/人 350千円/人 都会は短期間
    農村は長期間 立退き
    D 級 0千円/人 4,700千円/人 農業制限


  2. 人的損害
    当価全身被曝量 影響される程度 損害評価額
    第1級 700r以上 全員2週倒以内に死亡 850千円/人
    第2級 700r~200r 死者は60日以内に死亡
    障害者は180日で治癒
    死亡 900千円/人
    障害 400千円/人
    第3級 200r~100r 90日で治癒 250千円/人
    第4級 100r~25r 検査のみ 40千円/人

仮定した原子炉事故

原子炉事故が 公衆損害を生じうる可能性については第1章に論じた通りであるが、そのような事故がおき場合に生じうる公衆損害の程度を示し、この損害額に対する上記の諸変数の持つ影響の輪郭をつかむため、ここでは次の2種の原子炉事故を取上げることにした。すなわち、

(1) 揮発性放出 核種のうち揮発性のもの全部および放出されやすいものの一部だけが放出する。
(2) 全放出
放出煙霧の核種別組成は(キュリー数で表わして)原子炉内に内蔵される放射能の組成と同じものとする。(念のため附言すれば、”全放出”とは炉内の放射能の全部が放出されるという意味ではない。)

なお、放出キュリー数の総量は第1章でのべた通り事故後24時間の値でいつて104キュリーをこえる量とする。

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