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「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害額に関する試算」 第3章 試算結果とその評価

第 3 章

試算結果とその評価


万一大型原子炉が事故を生じてその内蔵放射能の一部が大気中に放散されたとき生じうる公衆損害は、第 2 章でのべた諸仮定にもとずいて試算することができる。その詳細な結果は附録 (G) にのべてあるが、ここではその要約を紹介し、えられた結果を整理して簡単な説明を加えておこう。


本調査では大気中への放散量が(炉停止後 24 時間の値で)105 キュリー以上の場合を取扱うことは別記の通りであるが、ここでは全体の傾向をみるために、揮発性放出、全放出の場合につきそれぞれ105 キュリーの場合と107 キュリーの場合の要点をのぺる。ここでこれらのキュリー数に対応する事故がどういつた程度の事故を代表しているかをのべておこう。


105 キュリーは、放射能の量でいえば本調査で取上げた原子炉の内蔵する全放射能量の約 1/5,000 に当たるわけであるが、たとえば天然ウラン黒鉛型でいえば約 1 万本装入されている燃料棒のうち 10 本が溶融してその分裂生成物の 1/5 の量が大気中に放散された場合にあたるといえよう。揮発性放出の場合上記の例でいえば、燃料棒 10 本分の分裂生成物のうち揮発性のものだけが全部大気中に放散されたときが、105 キュリー揮発性放出に当たる。またコンテナーのある原子炉でコンテナーが破損しない場合についていえば、105 キュリー揮発性放出とは何らかの事故で炉内の揮発性放射能の全部がコンテナー中に放出されそれが漏洩によつて大気中に(数時間のうちに)放散される場合に対応している。(同じく、コンテナーの穴の閉止がおくれ、その約 1000 分の 1 が大気中に放散された場合に対応しているといつてもよい。)107 キュリー放出についても、同様な説明が可能であることはいうまでもない。


すなわち放射能の量としては全内蔵放射能の約 1/50 に相当する量であり、上記炉型式でいえば、107 キュリー揮発性放出は燃料棒約 1000 本分の揮発性放射能が大気中に放散されるような非常に悲観的な場合を代表している。以上のような方法で以下にかかげる放出放射能の量がどういう事故を代表しているかのべることができるであろう。それぞれの条件下で、105 キュリー、107 キュリー以外の種々のキュリー数に対応する公衆損害については附録 (G) および本章でのぺる結果から或る程度推定できよう。


(1)放出キュリー数と損害との関係


(イ)105 キュリー放散の場合


人的損害はほとんど生じないが、低温(地上放散)で放出粒子が小さいとき、温度逆転乾燥時には数千人から 1 万人程度の要観察が生じうる。立退、農業制限などの物的損害は零から 10 億乃至 200 億円におよぶ。


(ロ)107 キュリー放散の場合


人的損害は、低温放出ではかなり生ずる場合があり、放出粒子が小で逆転時には数 100 名の致死者、数 1,000 人の障害、100 万人程度の要観察者が生じうる。高温放出では人的損害はつねに零である。


物的損害は逓減時の全放出の場合が大きく、最高では農業制限地域が幅 20~30km 長さ 1,000km 以上に及ぴ、損害額は 1 兆円以上に達しうる。(全放出、低温、粒定小で逓減の雨天時など)


(ハ) 以上のことから判るように、105キュリーと107キュリーすなわち放出放射能が 100 倍ちがつても、諸条件のちがいにより公衆損害の範囲は重なつてくる。つまり 105キュリーでも、悪条件の場合には 107キュリーの好条件時よりも大きな公衆損害を生じうる。


(2)気 象 条 件

(1) でのべた公衆損害の大きな幅は気象条件のちがいによるところが最も甚しい。


(イ)逓減時と逆転時


逓減時には放射性煙霧は上下方向によく稀釈されるので、一般に地上における人的損害は少ないが、逆転時はその逆で、とくに低温放出のときは人的損害は大きなものになりうる。しかし物的損害は地表面の沈着量からきまつてくるので、様子が大分変り逓減時の方がかえつて大ぎな被害を生ずる場合がある。*


(ロ)乾燥時と雨天時


粒度小たるときは雨による沈着によつて物的損害は大きくなる。この傾向は低温放出のときにいちじるしく、たとえば逓減時低温放出粒度小(全放出)では、乾燥時の約 50 億円に対して雨天時はその 200 倍以上の損害を生じうる。


なお雨天時には逆転状態はほとんど皆無なので取上げていない。


* 風速のちがいと煙霧の拡がり方とのちがいにより、逆転時の方がかえつて放射性粒子が比較的近いところで落ちてしまい、逓減時にくらべて沈着の影響が近くに局限される場合がある(この傾向は粒度大のとき著しい。)


(3) 放出粒子の粒度のちがい


粒度大なる方が沈降速度が早いので、一般に物的損害は粒定小より大きくなりうるが、逆転時低温放出のように煙霧が地表面をはうような場合には、粒度大なるときは比較的近い地域に濃くおちるため、物的損害発生面積が相対的に小さくなつて被害額がかえつて小さくなることがある。


(4) 全放出と揮発性放出のちがい


放出キュリー数が同じ場合、両者のちがいは損害を生ずる基 のちがいに帰せられる。人的損害の判定基準は、粒度小のときは致死及ぴ障害発生基準は全放出の方がゆるいが、要観察の基準になると逆に全放出の方がきびしくなり、粒度大のときは致死及び障害発生の基準は全放出の方がきびしいが要規察の基準になると逆に全放出の方がゆるくなる。物的損害の判定基準となると、緊急立退(12 時間以内に立退)の基準以外は全放出の方が一桁位きびしい。以上を綜合して、公衆損害を金額で表わすときはつねに全放出が多額になつている。


(5)乾燥時と雨天時とのちがい。


雨天時は、普通の沈降に雨による沈降がつけ加わるので粒子が小なるときは物的損害が大きくなる。しかし粒度が大たる場合は、粒子自体の沈降速度がすでにかなり大きいので低温(地上放出)の場合のように粒子自体がすでに効果的に沈者しているようなときは、雨はかえつて被害を若干局限する方向に作用することもある。


(6)概 括


以上のように諸要因がからみ合つてどういう場合に損害が大きくなるということは、一概にはいうことができない。そこで、以下そのしめくくりとして、顕著な場合について被害程度からみたいくつかの分類をあげておこう。


(イ)被害皆無。(105~107 キュリー)

1.揮発性放出、高温、粒定小、逓減乾燥時
2.逆転時
3.粒定大、逆転時

(ロ)人的損害は数 1,000 人以下の要観察のみだが、かなりの物的損害を生ずる。この場合の例としては次のような場合がある。


1.全放出、低温、粒度小、逓減、雨天時
2.揮発性放出、低温、粒度大、逓減乾燥時
3.揮発性放出、〃、粒度大、逓減雨天時
4.全放出、低温、粒度小、逓減、乾燥時
5. 〃 乾燥時

以上はいずれも 107 キュリーの場合で、物的損害が多い順序に列べてある。


(ハ)致死はじめかなりの人的損害を生じ物的損害もかなりの額になる。


1. 全放出、低温、粒度小、逆転時
2. 揮発性放出、
3. 全放出、低温、粒度大、
4. 揮発性放出、

以上のうち 3. と 4 は10人程度致死、100 人程度の障害、1,000 人程度の要観察者を生じ、 1 と 2 は数 100 人の致死、数 1,000 人の障害、数100万人の要観察者を生ずる(107キュリーの場合)。


(ニ)合計損害額が非常に大きい場合。


1. 全放出、低温、粒度小、逓減雨天時
2. 全放出、高温、
3. 全放出、低温、粒度大、逓減乾燥時
4. 全放出、高温、逓減雨天時
5. 全放出、低温、粒度小、逆転乾燥時

以上は損害額の大きい順序に列んでおり、いずれも 107 キュリー放出の際は 1 兆円を
こえる。

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