附録(A)
事故の種類と規模
原子炉には核分裂の結果生じた分裂生成物が内蔵されており、これが仮りになんらかの原因で大量に放散されるような事態にたち到ると原子炉敷地の周辺に対して大きな災害を及ぼすようになることはいうまでもない。
このような原子炉事故の性質について実際的な知識のなかつた初期の研究においては種々の仮想的な放散の観点から理論的研究が行われ、これらの研究は原子炉の災害についての認識を与え、事故対策を樹立、推進するのに役立つたが、今日では、原子炉の継続運転とそれに関連した研究による知識と経験も次第に増えており、より現実的な想定に基いて装置の故障あるいは運転の誤りによつて起り得ると考えられる事故の経緯を推測しその結果を考慮して原子力発竜所の安全性を評価する手法が一般的に行われている。そしてそのような起り得ると考えられる事故のうちで最大のもの、Maximum Credible Accident(以下 MCA と略称する) が起きたとしても周辺の公衆に対してほとんどの障害をも及ぼさないように施設し、敷地を選定することが要求されている。ここで、当面我国に設置を予定されている水冷却炉、ガス冷却炉の最悪想定事故について夫々の主な開発国である米国、英国の考え方を概観して次に記す,
(1) 水冷却炉の MCA (米国の考え方)(参考文献 (2)、(3)、(7))
―次冷却系の大きな破損の結果、炉心の冷却が充分に行われなくなり、炉心の相当な部分(10% 程度)に含まれていた分裂生成物が放散されて格納容器内に充満して、これが徐々に漏洩するような事故が考えられている。漏洩率は事故の直後において約 0.5% / 日であつて、(表 1 を参照)撒水その他の手段によつて圧力が低下するため、事故発生後半日問の漏洩量は約 0.1% 程度と想定されている。※その後も多少の漏出はあろうが、半日以上も、一定の気象条件が統く可能性は少く、しかも、圧力低下による漏洩率の減少、分裂生成物の崩壊、住民の移動等によつて、その照射量は漸減する傾向にあり、最初の半日以内の漏洩によるものが支配的であると考えられる。
(2)ガス冷却炉の(英国の考え方)
燃料被覆に小さな漏洩がある状態で、一次冷却系が破損して空気が侵入しウランの酸化が進む状況を解析した結果、数時間に亘つて全沃度 250キュリー(全分裂生成物 2×103キュリー相当)と少量の Sr が放散きれると想定している。
以上のような MCA の際の災害は皆無といつてもよい程であり、逆にいえば、皆無に近いことが原子炉設置の基準とされているにもかかわらず、各国とも原子炉事故に伴う第三者災害保険制度を設けさらにある限度以上の事故に対しては国家補償を考慮している実情である。
この矛盾仁ついて、原子炉の事故をもう少し深く掘り下げて考えて見ると、MCAというものは、起り得ると信じられる事故 credible accidents (例えば、小量の分裂生成物が一次冷却系に充満するような事故)と、想像上の事故 conceivable accidents (例えば、格納容器に分裂生成物が充満しているとき何等かの原因で格納容器が破損するような事故)の境界にあるものであつて、未だ原子炉の運転経験に乏しく客観的な基準の得難い今日では、どこまでを起り得る (credible) と考えるかは専門家の洞察に基く判断に依存せざるを得ない状況の下にある。(Rf3、P/2407)
それ故我々は損害評価を行うべき事故の規模としては、MCA 以上の仮想的な事故を敢えて想像しその 100~1,000 倍の事故に相当する105-107キュリー放散の場合を考えることにする。なお現在までに実際におきた事故は少数で少規摸のものであるが、参考のためその主要なものについての概略を表 2 にまとめておいた。
※ 500MW の原子炉のこの場合漏洩量は
( 5×108 キュリー) × 10/100 × 0.1/100 = | 5×104 キュリー(全分裂生成物) |
~104 キュリー (揮発性分裂生成物) |
原子炉 | 格納容器 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
名称 | 所有者 | 熱出力(MW) | 全容積(ft3) | 設計圧力(psig) | 規定漏洩率(%) | 建設された年 |
EBWR | 米 AEC | 20 | 597,500 | 15 | 0.25 | 1995 |
EBR-2 | 米 AEC | 62.5 | ~595,000 | 24 | 0.2 | 1958 |
SIR-A | 〃 AEC | n.a | 6,000,000 | 20 | 0.5 | 1953 |
APPR-1 | 〃 USA | 10 | 53,700 | 66.3 | 0.76 | 1956 |
VBWR | 〃 GE | 30 | ~160,000 | 45 | 1.0 | 1956 |
Shippingport | 〃 AEC | 231 | 6000,000 | 52.8 | 0.10 | 1956 |
Dresden | 〃 Commonwealth Edison | 626 | 3,600,000 | 29.5 | 0.5 | 1958 |
Elk River | 米 AEC | 73 | 405,200 | 21 | 0.1 | 建設中 |
Enrico Fermi | 〃 PRDC | 300 | 415,800 | 32 | 0.11 | 1957 |
Indian Point | 〃 Consolidated Edison | 385 | 2,140,000 | 25 | 0.1 | 建設中 |
Yankee | 〃 Yankee | 392 | 1,020,000 | 34.5 | 0.1 | 建設中 |
NASATR | 〃 NASA | 60 | 520,500 | 5 | 0.3 | 1958 |
PRTR | 〃 AEC | 70 | 504,500 | 15 | 0.2 | 建設中 |
AFNETR | 〃 USAF | 10 | 739,000 | 12.8 | 12.8 | 0.1 |
BR-3 | ベルギー CEN | 43 | 215,500 | 45 | 0.1 | 1959 |
表 2 主な原子炉事故
現在までに原子炉で発生じた主な事故は 4 件ある。
- 1952年12月12日 NRX(カナダ)の暴走
- 1955年11月29日 EBR-1(アメリカ)の暴走
- 1957年10月l0日 Windscale (イギリス) の燃料体火災、放射能放出
- 1958年 5月23日 NRU(カナダ)の燃料体火災
以下にその概略をのぺる。
① NRX (カナダ、チョークリバー研究所)
NRX は天然ウラン、重水減速、軽水冷却型、熱出力 3 万KWの研究炉である。
日 時 | 1952年12月12日 | |
原 因 | 起動のさいの過誤の重複による暴走 | |
状 況 | ○ | 原子炉の停止中に、地下室の作業員が誤まつて制御系統の空気弁を開いたため、制御系が動作不良となり、さらに誤まつた起動操作が行われたため、暴走して出力が急に上昇した。 |
○ | 起動して約 20 秒後に停止換作を行なつたが効果なし。 | |
○ | さらに 20 秒後重水の排出を行なつた。 | |
○ | さらに約 30 秒後に低出力にもどつた。 | |
○ | 空気の放射能が増加し退避命令を出した。 | |
○ | 冷却回路が破損して冷却水が噴出してきたが、冷却水を停止することなく原子炉の冷却をつづけた。 | |
結 果 | ○ | 原子炉の炉心部が修理不能の程度に破損。 |
○ | 燃料体が溶けて被覆、冷却系統が破損。 | |
○ | 強い放射能が炉内に残留。 | |
○ | 冷却水は、約4.000m3が約1万キュリーの放射能を帯びて地下室にあふれた。 | |
○ | 放射能がコンクリート内にしみこんだために、汚染除去が非常に困難。 | |
損 害 | ○ | 除染作業および炉心交換作業で約130万ドル? |
○ | 14ヵ月後に運転再開。 | |
○ | 作業員の過剰被爆なし。 | |
措 置 | ○ | 制御系統を改良した。 |
○ | コンクリートを防水化して除染が容易になるようにした。 |
②EBR-1 (アメリカ、国立原子炉試験場)
EBR-1は、高速中性子増殖炉で、浪縮ウラン、Na冷却型、熱出力 1,400KW である。
日 時 | 1955年11月29日 | |
原 因 | 出力急上昇実験中に、操作員の過誤により fast scram の代りに slow scram を行なつた。 | |
状 況 | ○ | 燃料体の温度係数の測定のため、出力急上昇芙験を行なつていた。 実験担当の科学者の指示により、操作員が fast scram を行なうことになつていたが、指示のあつたときに操作員が誤つて slow scram を行なつた。同科学者は事態に気付いて自ら約 fast scram を行なつた。冷却材は流されていなかつた。 |
結 果 | ○ | 15分後に建物の排気から放射能を検出。 |
損 害 | ○ | 炉心の一部が融けた。 |
○ | 放射能の大量放出なし。 | |
○ | 損害額不明 |
③ Windscale (イギリス)
Windscale の Pu 生産炉は天然ウラン、黒鉛減速・空気冷却型で、熱出力は不明。2基のうち、第1号炉で事故発生。
日 時 | 1957年10月10日 | |
原 因 | Wigner release 中に燃料体の過熱。 | |
状 況 | ○ | Wigner release のために、10月7日に第1回加熱を行ない、10月8日に第2回加熱を行なつた。 |
○ | 計測装置が Wigner release に対して適切なように配置されていないため、ウランの温度を正確に測定できないという欠点に気がつかず、計器の数値を信頼したため、温度を上げすぎた。 10月8日に、すでに燃料体の破損が生じていたと推定される。 | |
○ | 10月10日、排気中に放射能を検出、燃料体の破損と見られたが、破損燃料体探査装置が操作不能となつていた。 | |
○ | 視察によつてウラン体が赤熱しているのを発見。 | |
○ | 炭酸ガスを注入したが効果なし。 | |
○ | 10月11日朝より注水を行なう(約24時間)。 | |
結 果 | ○ | 14名が週許容線をこえた。 |
○ | I-131 20,000キュリー Ce-137 600キュリー Sr-90 100キュリー を大気中に放散 | |
○ | 牛乳を一時的に飲用制限 | |
○ | 原子炉を2基とも閉鎖 | |
○ | 損害額不明 |
④ NRU(カナダ、チョークリバー)
天然ウラン、重水減速・軽水冷却型、熱出力 20 万 KW の研究である。
日 時 | 1958年5月23日 | |
原 因 | 破損した燃料体交換機で貯蔵プールへ運ぶ途中で落下して発火。 | |
状 況 | 原子炉内で燃料体が破損したので、これを取り出して貯蔵プールへ燃料体交換機で連ぶ途中で落下して発火。作業員が防毒面をつけ湿つた砂をかけて15分で鎮火。 | |
○ | 建物内がひどく汚染された。一部は排気から外部へ放出、放射能の 放出量不明。発火したウラン全体には 20 万キュリー核分裂生成物 I-131-700キュリーを含む。 | |
被 害 | ○ | 最高被爆者 5.3 rem |
○ | 損害及び除染作業費不明。 | |
○ | 3ヵ月後に運転再開。 |
I 典型的原子炉と炉内の分裂生成物の容量
考察する原子炉はウランを燃料とする熱出力約 50 万KW、中性子束平均 1013の原子炉で平均燃料取替周期は 4 年とする。この調査で仮定される事故は炉内燃料が平衡状況に達し分裂生成物が最大になつて後におきるものと考える。燃料取替の周期を長くとつたこと、後に敷地条件の項でのべるように敷地は主として動力炉用地という観点からきめるので、本調査の結果は動力炉の場合に最もよく適合するものである。同じ出力であつても材料試験炉の場合は燃料サイクルが短いと想像されるので、放射能内蔵量とその内分けが変つくる上、燃料の種類、運転方法の相違などによつて同じ放散キュリー数の場合の損害額は若干変動するものと思われる。少くとも動力炉に関するかぎり現在においては燃焼率の向上と運転中燃料取替が進歩の方向であること、現在の設計値を集めてみると大雑把にいつて 1 年ないし数年にわたつていること、更に身体障害に影響をもつ核種のインベントリーはこれ位の燃焼時間では末だ飽和量に達していないこと、などを上記のような考え方によつて判断し、燃料サイクルは 4 年とすることにした。このような原子炉中にある分裂生成物の組成を計算し。次項にのべる放出の割合を考慮して、放出分裂生成物 1 キュリー中に含まれ種々の核種別のキュリーを決めた (附録(D)の表1を参照)
II 放散される分裂生成物の粗成
放射能を持つた燃料体を溶融させ、放散物を集めるという最近行われた一連の重要な実験の結果によれば、放散の割合は主として分裂生成物の蒸気圧によることが判明しており、その値は大体次の通りである。
希ガス | 100% |
沃度 | 50% |
骨に集まる元素 | 1% |
セシウム | 10% |
従つて、ここではこの割合で分裂生成物が放散される場合を第一に想定した。しかしながら、この点に関しては今後の研究にまつべき点も多いので、極端場合として 分裂生成物が、その内蔵量に比例して一様に放散される場合も想定した。
III 放出分裂生成物の性質
種々の気象条件のもとでの風下における影響を算出するとき最も重要な要素は放散時間と放出物中に含まれる粒子の粒度分布と放出時の煙務の温度とである。放散時間については、燃料の酸化或いはコンテナーからの漏洩などのような比較的長時間にわたる放出を代表する場合として数時間に亘つて放散される場合と事故直後短時間に放散される仏場合の二つを想定した。
粒子の粒度分布と煙霧の温度については、WASH で与えられている以上の具体的な根拠をうることは実際に不可能であつたので、WASH の値をそのまま採用し、それぞれおこりそうと思われる場合を代表する 2 つの場合を考えた。すなわち放出温度に対しては常温と高温(3000°F、1650°C)とをとつた。
粒度分布は煙と工場塵の典型に相当する直径 1μ、7μをそれそれ質量中央値とする二つの分布を考えた。
参 考 文 献
(1) | WASH-740, Theoretical Possibilities & Consequences of Major Accidents in Large Nuclear Power Plants, U.S.A.E.C., March, 1957 |
(2) | Reactor Safty & Containment, Power Reactor Tecnology, AEC, June, 1959 (邦訳:原子力資料 No34、日本原子力産業会議、昭和 34 年 11 月) |
(3) | Safety Factors to be Considered in Reactor Siting, by Clifford K.Beck, U.S.A.E.C., presented at the 6th Rome nuclear Conference, June 1959.(邦訳同上) |
(4) | Siting in Relation to Normal Reactor POperation and Acciedent Conditions, by F.R.Farmer & P.T.Fletcher, presented at the 6th Rome Nuclear Conference, June 1959 |
(5) | A/conf. 15/P/1551, The experience in the United States with reactor operation and reactor safeguards, by C.Rogers McCollough, U.S.A.C.R.S., Sept. 1958 (邦訳:原子力資料 No27、日本原子力産業会議、昭和33年12月) |
(6) | A/Conf. 15/P/1551, Reactor Safety, hazards evaluation and inspection, by C.K.Beck, M.M.Mann and P.A.Morris, U.S.A.E.C. Sept. 1958 |
(7) | 原子力発電所の安全対策(安全特別研究会中間報告書) 日本原子力産業会議原子動力研究会、1959年12月 |
(8) | 1958年度原子動力年次報告書、放射線防護篇(III) 〃原子力発電所の放射線防護について〃 日本原子力産業会議原子動力研究会、1960年2月 |
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