附録(B)
想定する原子炉設置点と周辺の状況
I 典型的敷地
損害の評価に当つては、原子炉が設置される地域の状況を想定する必要がある。しかしわが国では、大型原子炉の敷地として現在確定しているのは東海村以外にないし敷地基準というものも確定していない現状なので典型的な原子炉敷地を想定することは極めて困難である。
そこで東海村および若干の大型原子炉候補地の周辺状況を検討した結果、ここでは電力需要の中心地である大都市からおよそ 100Km ないし 150km 離れ、かつ海岸に面した任意の 2、3 の地点を選び、これらにもとづいて類型的な原子炉敷地と周辺の状況を想定することにした。
電力需要中心地からの距離は送電費にも関連し当然近い程有利であるが、「安全性の考慮によつて、在来発電所敷地として最適であると思われる地点から、30マイル離れた場所に設置するものと想定する」というアメリカ等での考え方 (1) からみても、上記の数字は、人口密度の高いわが国の場合、―応妥当なものと思われる。
また海岸附近に設置するとしたのは、常時多量の冷却用水を河川のみから得ることは、わが国河川の実態からみてかなりの困難さがあると考えられるからである。
さらに、わが国の一般的地理特性をも考応する必要があつた。周知のように、わが国は北東から南西にかけて弧状に長くのびた島国であるが、その 200Km ないし 300Km の狭少な幅をもつ陸地の中央部には、背稜山脈が走つており、沿岸および河川にそつて僅かに平野部が存在するのみである。
人口は概ねこの平野部に集つているが、そのうち比較的広い沖積平野をなし、かつ湾に面した京浜、阪神、中京地区にはとくに人口が密集し全国人口の約 1/3 がこの地域において所謂日本の 3 大エ業地帯を形成している。たとえば、全国の平均人口密度が 241 人/Km2であるのに対して、東京都区部の人口密度は 12,236.8人 /Km2、大阪市は12.591.2人/Km2、名古屋市は 5,345.6人/Km2で、その中には 3 万人を越す高い人口密度を示す地域すらある。
本調査に使用した資料 (2) は、昭和 30 年の国勢調査にもとづいたものであるが、人口の増加、とくに都市部における高い増加率を指摘しておかなければならない。すなわち昭和 25 年~昭和 30 年の全国平均増加率は、7.3% であつたのに対して、東京都区部 29.4%、大阪市 26,4%、名古屋市 23.4%であつた。
なお、わが国は四面海に接しているが、図 1 から明かなように、僅か 1,000Km ないし 1,500Km にして、ソ連、中国、朝鮮など諸外国の領土に達することを、損害評価の上からあらかじめ十分留意しておく必要があると思われる.
以上の仮定およびわが国の特性から、損害評価に必要な原子炉設置点およびその周辺の状況を類型化して、図2 に示すようなものに想定した。
すなわち、全般的な地形の外観として、海岸線に平行に走る山地を考え、500km およぴ 1,000m の等高線が原子炉の設置される海岸からそれそれ 80Km および 100Km の地点にあるものとした。
原子炉の敷地境界は、アメリカの 2、3 の例をも参考とし、その半径を 800m と仮定した (シツピングポート、2,600フィート、ヤンキー、2,000フイート、ドレスデン 2,600フィート)。
つぎに、原子炉周辺の人口分布については、原子炉から50Km に至る地域の実際の人口について調べた結果、原子炉から半径 20Km 以内の地域における人口は、図 3 に示されているように、
( P は半径 RKm の半円内の人口)
の式に従つて増加すると考えるのが、適当であることがわかつた。20Km 以遠の地域については、図 3 でも明かなように増加の傾向を異にしており別に考慮することにした。
図 4 は我々が取上げた地点のうち 2、3 のものについて、その周辺地域における都市の分布状況を示すものであるが、これは各地点におけるものを原子炉を中心とした同一円内に、大郡市に向う方向を一致させてプロットしたもので、これによつて概略その特徴を知ることができた。すなわち、原子炉から 100Km ないし 140Km に大都市が集中しており、しかも大都市の周辺 30Km ないし 40Km にかなり人口の密集が見られること、また原子炉から 15Km、ないし 20Km に、中小都市の散存していることが示されれた。
そこで都市人口の実態をも調べたのもち、これを類型的に、次のようなものに想定した。
すなわち、大都市は原子炉から 120Km の地点にあり、その払がりは直径 25Km の円で、人口密度は 12,200人/Km2 である (全人口 約 600 万人)。さらにその周りに人口密度 2,200人/Km2、20Km の幅をもつ都市周辺地帯がある。
また、原子炉の比較的近傍にある中小都市は。原子炉から 20Km の距離にあり、人口 10 万人、その拡がりは直径 10Km の円である (人口密度 1,270 人/Km2)。
その他の地域についても全国の平均人口および海岸地帯の特性を考慮して、300人/Km2 の人口密度で一様に拡がつているものとする。
事故時における放射性煙霧の拡散状況とそれによる損害評価の性格からして、最も重要であるのは煙霧の通過する地帯の人口密度と拡がりとであり、また事故の程度、原子炉からの距離の相関関係によつて、全人口もまた重要な因子となつてくるのであろう。
こうした重要度の考察から、平均的というよりもむしろ類型的に上記の数字をあげたのであるが、これによつて損害の過少評価をさけうるであろうし、また不当に過大なものともならないであろう。
なお、原子炉を海岸に設置するものと想定した当然の結果として、沿岸漁業に対する考慮も必要となる。全国の海岸延長が 26,819.1Km であるのに対して、第 1 種ないし第 4 種の漁港総数は 2,627 港で、海岸線約 10Km に 1 漁港の分布割合となる。
(第 1 種 2,199、第 2 種 294、第 3 種 78、第 4 種 56。計 2,627 ― 昭和 32 年(3))
以上のように、原子炉設置点およびその周辺の状況を想定したが、もちろんこの通りの敷き地が現実に存在するかどうかは別問題であり、またこれが敷地基準となるべきものでもないことはいうまでもない。そうかといつて、これは全く非現実的な想定でもない。原子炉が大都市からおよそ 100Km ないし 150Km の海岸附近に設置されるとすれば、おそらくかかる想定を現実なりなものとして考えざるをえなくなるであろう。
参考文献
(1) | Reactor Safety and Containment -- Power Reactor Technology,vol.2, No.3 June 1959 |
(2) | 総理府統計局 昭和 30 年国勢調査報告及び同附図 |
(3) | 総理府統計局 第 9 回日本統計年鑑、昭和 33 年 |
II 敷地と気候
上に典型的敷き地としてとり上げた敷き地における気象条件については、WASH のデータをそのまま使うことがゆるされないのはいうまでもない。我々は典型的敷地を作成したときとりあげた東海村ほか数地点のうち現実に観測データが存在するものについてできるだけ正確な資料をうることを検討したが、我々が必要とするデータがすべてそろつている地点はほとんどないので、時間的資金的な制約を考慮して、東海村附近と島根県米子附近の 2 ヵ所について気象庁観測部の協方を得て調査を行なつた。なお米子附近をとりあげたということは、米子附近に大型炉の候補地が存在するという意味ではなく、いくつかの候補地と目されている地点と気象状況が比較的似ていると判断されかつデータが或る程度整備しているという理由にもとづくものである。結果的にみて表日本、裏日本の代表的と思われる 2 地点を調査対象にとりあげたので、現在のような敷地選定の考え方によつて敷地が選ばれるかぎり、ここに得られた気象データはかなりの普遍性をもつているものと思われる。それそれの結果は次の諸表の通りである。このデータを平均化したものを典型的敷地における気象条件とみなして、拡散方程式などに入れる常数はそれによつた。
※ 1% にみたない |
|
風 向 | 地 表 風 | 上層風 (400~800m) |
|
---|---|---|---|
てい減 | 逆転 | ||
N | 10.7 | 7.0 | 2.4 |
NNE | 5.1 | 1.1 | 5.4 |
NE | 7.2 | 0.7 | 9.7 |
ENE | 7.7 | 0.5 | 10.4 |
E | 5.3 | 0.3 | 7.0 |
ESE | 2.4 | 0.1 | 6.6 |
SE | 1.7 | 0.1 | 4.9 |
SSE | 1.3 | 0.3 | 4.0 |
S | 2.3 | 0.6 | 5.4 |
SSW | 3.4 | 1.0 | 10.1 |
SW | 4.1 | 1.2 | 8.7 |
WSW | 1.0 | 1.1 | 4.7 |
W | 3.1 | 1.8 | 5.5 |
WNW | 0.8 | 0.6 | 6.9 |
NW | 1.9 | 3.0 | 5.7 |
NNW | 7.5 | 8.1 | 2.7 |
Calm | 3.9 | 3.9 | 0.0 |
69.4 | 31.4 | 100.1 |
|
|
風 向 | 地 表 風 | 上層風 (400~800m) |
|
---|---|---|---|
てい減 | 逆転 | ||
N | 2.2 | 0.1 | 2.8 |
NNE | 8.4 | 0.1 | 3.9 |
NE | 11.0 | 0.7 | 7.3 |
ENE | 2.9 | 0.9 | 8.5 |
E | 1.6 | 0.7 | 3.9 |
ESE | 1.0 | 1.1 | 2.1 |
SE | 3.6 | 4.1 | 3.1 |
SSE | 7.7 | 7.6 | 5.3 |
S | 5.6 | 2.6 | 6.1 |
SSW | 4.1 | 0.9 | 7.5 |
SW | 4.3 | 0.5 | 10.6 |
WSW | 5.0 | 0.5 | 13.5 |
W | 6.1 | 0.4 | 11.7 |
WNW | 4.5 | 0.2 | 6.4 |
NW | 2.3 | 0.1 | 3.9 |
NNW | 1.6 | 0.0 | 3.5 |
Calm | 4.6 | 3.3 | 0.0 |
76.0 | 24.0 | 100.0 |
1. 調査方法
(1) 資料
東海村付近 | |
(イ) | 1958年1月~12月の1ヵ年にわたる下記の観測値を用いて統計してある。 |
(ロ) | 気温、降水量、地表風向、風速は水戸地方気象台におげる毎日の0、3、6、9、12、15、18、21時の1日8回観測値による。天気、雲量、雲形は3、9、15、21の1日4回観測値による。 |
(ハ) | 上層風の風向、風速は館野高層気象台における 0、6、12、18 時の 1 日 4 回観測値による。 |
山陰(米子)地方 | |
(イ) | 1959年1月~12月の1ヵ年における下記の観測値を用いて統計してある。 |
(ロ) | 気温、降水量、地表風向、風速、天気、雲量、雲形は米子地方気象台における毎日の 0、3、6、9、12、15、18、21 時の 1 日 8 回観測値による。 |
(ハ) | 上層風の風向、風速は米子地方気象台における 0、6、12、18 時の 1 日 4 回観測値による。 |
(2) 逆転、てい減の区分
1 日 2 回の高層観測では各時刻に対し定められないので、これらを参照の上他の気象観測資料(雲、天気現象)から求めた。雲、天気と逆転、てい減との関係は埼玉県川口市の鉄塔による減率観測結果ならぴに英国気象局の安定度、分類方法を参照して次の規準により分類した。
(イ) | 昼間はてい減状態 |
(ロ) | 夜間は雲量、雲形と天気により区別する。快晴、晴、薄曇は逆転、高曇、本曇は大体てい減、雨の場合はてい減とし、その他風じん、雷雨、前 1 時間内の降水の場合はてい減、霧の場合は逆転と定めた。 |
(3)
1 日 2 回 (0、12時)の全国の高層観測結果から地上と 200m の高さの温度差を°C/100m にしてそれぞれてい減、逆転の平均減率を求めてみたが全国ともほとんど同じ値であつたので全国平均を用いた。(4) 降 水 量
(イ) | 年間総降水量は年によりかなり変動がみられるので参考のため累年平均値 (1940~1952 年) を括弧を付して表に示しておいた。 |
(ロ) | 最もよくあると思われる降雨量率は降水があつた場合 50% の確率をもつ量であらわしてある。 |
(ハ) | 時間の 10% だけこえた降雨量率は 90% 迄はこの価以下の量で発生しこの価以上が発生するのは10%であるという量でもつて示してある。 |
2 調査結果の評価
(1) てい減、逆転の発生時間率について
WASH にある米国の発生時間率は 1 日 2 回の特定時刻の観測値のみを用いて統計したものと思われ、ややかたよつた値となるが、今回の調査では 1 日 8 回の資料を用いて求めてあるので一層ならされた平均値と考える事ができる。
なお、埼玉県川口市の鉄塔高さ 300m において約 1 年間 (1943 ~ 1944年)にわたり毎時間の温度観測が行われているので、この資料によりしらべた結果はてい滅 64% 逆転 36% で今回の調査(東海村)とほとんど同じ値が得られている。
(2)降雨時間について
降水状態で逆転が存在することは気象学的にも非常にわずかの回数と予想されるが、今回の調査でも全時間の 1% 以下であつた。さきに示した。川口市の鉄塔の観測によると、逆転 106 日のうちわずか 3 回だけが降水中に発生する逆転として観測され、全時間に対しては 1% 以下となつた。WASH にある全時間の 3% が逆転で降水をともなうという米国の結果とは若干異る結果となつた。
(3) 地域による違いについて
気候学的に見ると東海村は表日本的、米子地方は裏日本的な気候特徴をもつているその影響が最もよく現われているのは逆転、てい減の比率であつて、米子地方でけ冬季、曇、雨天が多いので逆転の比率が小さい。それに関連して米子地方は降雨時間が長い。また逆転時の気温冷却ほ表日本の方が非常に大きいのも著しい特徴である。上層風の風向頻度は両地方とも大勢的にはよく似ているが地上風向は海岸線、地形などの影響が大きくきいてくるので、食違いが大きく局地性が著しくあらわれている。
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